こんにちは!! 
ロミロミの父こと
マハロ片山です。

昨日運転していて
ふと頭に浮かんだので
Twitterでつぶやきました

「ビビらない秘訣は、こだわりを捨てて動くこと。
 動けばビビっている場合ではなくなってくるよ」


ビビっているとか
おじけずいているとかって
誰にでもあります。

なにか
「事」や「物」や
「しぐさ」や「ありかた」に
拘りを持ち
こだわるがゆえに
一歩踏み出せないときって
ないですか?
当然マハロにもあります。

拘ることで
完成形を目指したり
完璧を追求することで
次の一歩が出ない時
もう思い切って
「拘りを断ち切り」
一歩前に出てしまうことで
呪縛から解放されることって
ありますよね。

マハロは常々思うんですが
「拘り」って大切なようで
実は大切じゃない気がします。

拘りを辞書で調べたら
「拘り(こだわり)とは、特定の対象に、
強く愛着し、離れることが出来ない状態を指す。
多かれ少なかれ、人には拘りがある。

だが、その拘りが得られない状態に置かれた場合、
多くの人は拘りを諦めるか、気を紛らわす。
拘りが特に強いのは自閉症の特徴である」
(ウィキペディアより)
自分にとって拘ったものもが
他の人にとっては「大したことがない」ことって
多くないですか?

駅前に「チャーハンに拘るラーメン屋」があるのですが
そんなにチャーハンが美味しくない(これは意味が違うか。。。)
ビビってしまうのは
「完璧じゃないけど、大丈夫かな」
ということが多くあります。

完璧におこなったり
完璧に作ったりするのは
不可能です。
いま完璧でも、明日には周りが進化して
完璧ではなくなることだってあります。

だから
一瞬背を向けて(それでいいと思います)
「拘りカッター!!」なんて叫びながら
一歩前進すれば
もうこっちのもの。

急に加速がバーンと付いて
目標に一直線で
ビビっていることなんて忘れてしまうのです。

いま、完璧じゃなくても
修正・追加を重ねていけば
いいことだっていっぱいあります。

発展途上のことなんて
山ほどあります。

時間は平等です
拘りを捨てることで
バランスが良くなることが
たくさんあります。