こんにちは!!

ロミロミの父こと

マハロ片山です。

プチ鹿島・著「教養としてのプロレス」を読了。

世間をプロレスにあてはめ
プロレスを世間にあてはめ

WBCはプロレスだとか
新日が盛り返したのはB層にターゲットからとか
鋭い視点でプロレスを語る。

唸った、面白かった。
一読をオススメします。

でも、読んでいて
村松友視の「私プロレスの味方です」を
初めて読んだ時に似ている
なんだか解らない距離感と違和感を感じた。

それは、私が
村松友視の言うところの
「プロレス内プロレス」者だから。
私は45年以上プロレスが好きで
プロレスから離れたことがない。
(90〜00年代は付き合いが薄くなったが)

全体としてのプロレスが好きだから、
プロレスの先に社会や世間を見ようなんて
思ったことがないのである。

プロレスはプロレスであって、
他のスポーツと優劣をつけるものではない。

プロレスを「ショーだ」「八百長だ」と言われても、
他のものと比較する分野でないと考えていたから、
過度な反応は起こさなかった。
今でも同じ考えである。
社会に向けてなにか訴えると言うことは
同意や調和を求めることに繋がる。

従って、
最近巷でいう予定調和なやり合いを
「プロレス」と例えるのに違和感を感じる。

そんな薄っぺらいものじゃないんだよ。
プロレスって。
知れば知るほど底なし沼。
また、
好き嫌いは、感性や嗜好が決めることで、
私はプロレスを世間に向けて
「面白いでしょ?」「凄いでしょ?」なんて
言ったことが一度もない。

私にとって、プロレスって
知れば知るほど底なし沼で
抜け出すことが不可能。

底なし沼から抜け出して
世間にあてはめる「領域」には
到達していないので
「距離感」があるわけ。