こんにちは!!

ロミロミの父こと

マハロ片山です。

今から35年前の出来事。

私は物心がつく前からプロレスファン、小学1年生からプロレス誌ゴングの購読者でした(初めて買ったゴングはマスカラス初来日)。クラスに数名はプロレスファンがいるので、昨夜の中継の話をしたり、プロレスごっこをして楽しんでいました。

中学生の時、隣のクラスのまぐろ屋の息子の浅子君と知り合い、10人以上引率してオープンタッグ選手権を観戦したり、2人で砧の全日道場に忍び込み、大仁田厚に怒られたりしました(浅子君と大仁田厚が10数年後FMWでタッグを組んでいるとは、あの時は想像もできませんでした)

高校時代は、もっぱら一人で後楽園ホールや蔵前国技館へ行き観戦していました。私は幼いころから特定のレスラーに熱狂するよりもプロレス全体が好きで、各団体楽しんで観ていました。
毎月15日の別冊ゴング&28日の本誌ゴングの発売日が待ち遠しく、また毎週木曜日には週刊ファイトと購入していました。

各紙にはファンクラブの情報が掲載されていました。贔屓のレスラーのファンクラブが多い中、プロレス総合ファンクラブもありました。
1人観戦も退屈になってきたので「申し込んでみようかなぁ」と、入会希望のハガキを送り「JWC」というファンクラブに入りました。
すると「全日の後楽園ホール大会に来てくれる?」と電話があり、ブロディとラッドが登場する興行を行きました。
試合前、ホールの喫茶店で渕正信選手にインタビューし、その後ホール前で集合写真を撮ることになりました。その時の写真がこれです。

その後、受験やなにやらでファンクラブを抜けてしまいました。
改めて記事を観ると、ミネアポリス通信員が斎藤文彦さんだった、ビックリ。
いい思い出です。