『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』鑑賞【日系ハワイアンと私たち】

mahalostevek/ 4月 18, 2016/ ハワイ関連, 日常・雑感/ 0 comments


こんにちは!!

ロミロミの父こと

マハロ片山です。

あれは、17年前の話。

私がマウイ島で
ロミロミの勉強をした後、
アロハ航空(懐かしい)で
ホノルルへ戻る途中、
通路を隔てて隣の席に
上品な老夫婦が座ってました。

「日本人の方ですか」
ご主人だと思われる方が
話しかけてきました。

「はい」

「観光客には見えないのですが、
何のためにマウイに行かれたのですか」

「私は、ハワイのマッサージロミロミを習いに
マウイに行きました。失礼ですが観光ですか」

「いいえ、
私たちはマウイに住んでいるのです。
父が日本からハワイに渡ってきて、
私はマウイで生まれ、81歳になります。
今日は孫の家へ行くのです」

「いろいろ苦労されたのでしょう」

「わはは、そういうこともありました。
私は、日本の大学にいって勉強しました。
だから、あなたみたいに日本人が
ハワイに来てくれるのが
すごく嬉しいのです」

奥様はニッコリ笑っていました。

「ハワイ移民の方、
そして二世三世と続く日系人の方が
命を犠牲にして作ったから、
私たちが、安心してハワイに
訪れることができます。
本当にありがとうございます」

「ロミロミを日本の人に伝えてください。
またマウイに来てください」

そうこうしているうちに
飛行機はホノルル空港に到着。
老夫婦と握手して、別れました。

あの時の
「ロミロミを日本の人に伝えてください」
この言葉が、私の支えになっています。
帰国後、
ハワイの歴史や移民の本を読んだり
ホノルルを訪れる際、
ワイキキから近いモイリイリの
「ハワイ日本文化センター」
を訪れたりしていました。

明治時代、
日本での生活に見切りをつけ、
新天地に夢と希望を持って
ハワイに上陸した先人たちは、
パイナップル・サトウキビ農園で、
過酷な労働を強いられました。
そして白人地主から奴隷同様の
扱いされる毎日が続きました。

「どうしたら豊かになれるのか」
決起し労働争議や、
起業する事で
少しは豊かにはなりましたが
社会的地位や秩序を
変えることは出来ませんでした。
日系二世の方々は、
大学に進み要職につくことを
考えましたが
お金がかかるため、
現状では絶望的。

軍人になると、
奨学金制度が利用できる。
そして米国人として忠誠を誓うため、
アメリカ兵に志願しました。
そして、
先の大戦が始まりました。
100歩兵隊や442連隊に配属され、
イタリア戦線では、
数多くの命を失いました。
戦後、
復員した日系二世の方々は
日系人の地位向上に尽力され、
ハワイの発展に
多大なる貢献をしました。

私は今日、
二子新地のニコプラ新地で開催された
『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』
上映会に参加しました。
昨年の錦糸町上映会に続き2回目です。
https://www.facebook.com/events/545252135650409/
マウイ島を訪れた
Hiroyuki Matsugen Matsumoto監督が、
日系二世の方と交流した事が
製作されたきっかけ。
日系ハワイアンの方々の証言を
丹念に調査しカメラで記録していき、
松元監督が監督・撮影・脚本・編集と
ほとんど1人で作りました。
日本人と日系ハワイアンの魂が
注がれている作品であり、
全国で上映会が開かれています。

どうして、
日本人がハワイが好きなのか。
そして、
安心してハワイに行けるのか。
それは、
日系ハワイアンの方々の
血と汗と命で作られた
歴史があるからです。

ハワイが好きなら
この作品を観るのは必携です。

 

Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>
*
*