【日系二世ベテランズメモリアルセンター】 

ときめきアロハマインド

1999年、機上でお会いした日系2世のご夫婦の言葉

「ロミロミを日本の人に伝えてください」

すなわち「日本とハワイの架け橋になれ」

この言葉が、私の支えになっています。

カフルイ湾を見おろす丘にある

今回、私が必ず訪問したかった場所

そこが

「Nisei Veterans Memorial Center
(二世ベテランズメモリアルセンター)」

Hiroyuki Matsugen Matsumoto監督作品

「Go for Broke!∼ハワイ日系二世の記憶∼」

で改めて知った、ハワイ日系二世の方々の

血と汗と命で作られた歴史。

詳しくはこちらの投稿を
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1049124598467406&set=t.100001096283463&type=3&theater

ここは、日系人同胞や家族のために

アメリカに忠誠を誓い、イタリア戦線等で

地位向上と未来のために数多くの命を失った歴史を

展示している場所。 http://www.nvmc.org

日本から、松元監督に教えてもたったと伝えたら

学芸員のメラニーさんとディードリーさんに

大歓迎していただきました。

「明日の日系二世の勉強会の準備で。バタバタしていてごめんなさい。
明日臨時休館だったので、今日来ていただいてラッキーです」

実は明日行く予定だったのですが、

前倒しにして、私もラッキーでした。

館内ポスターには「Gokurousama(ご苦労様)」

発行誌のタイトルは「Okage sama de(お陰様で)」

これこそマウイマインドに通じるもの。

館内は、貴重な手紙や思い出の品や写真が展示されています。

明治元年より、日本から夢と希望を持って

ハワイに上陸した先人たちは、

ドール・パイナップルプランテーションや

サトウキビ農園で、過酷な労働を強いられ

白人地主から奴隷同様の扱いされる毎日。

決起し労働争議で賃金向上、貯蓄で起業し

商いをはじめましたが、人種差別の厚い壁で

社会的地位や秩序を変えることは出来ませんでした。

社会を変えるには、国会議員や弁護士に進むしかない。

しかし、莫大な金が掛かる大学に進むには

軍人になり奨学金で進む道のみ。

米国人として忠誠を誓うためアメリカ兵に志願。

100歩兵隊や442連隊に配属され、イタリア戦線で

最前線中の最前線で鉄砲玉を命じられ、

数多くの命を犠牲にしました。

戦後、復員した日系人の方々は、マイノリティーの

地位向上に尽力され、ハワイの発展並びに

「人種差別撤廃条例」を米国会にて推進可決させました。

これは、日系人のみならず、ハワイアン復権運動

公民権運動に通じる足がかりを作りました。

この場所を訪れ、事実を知ることはとても重要。

戦後70年、加工された歴史ではなく

事実に基づいた歴史を知ることが必要だと考えます。

これから、マウイに行くたびに訪問します。

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