哲学・道徳・科学・文学・統計学そして変態

mahalostevek/ 8月 16, 2011/ 日常・雑感/ 2 comments


こんにちは!!
ロミロミの父こと
マハロ片山です。

Facebookの友人が教えてくれたものです。
「お前は見られている」が宗教
「見られていなくても」が道徳
「どう見ているか」が哲学
「見えているものは何か」が科学
「見えるようにする」のが数学
「見ることが出来たら」が文学
「見えている事にする」のが統計学
「見られると興奮する」のが変態

マハロはどの視線で見ているかを考えたら
哲学かなぁ
よく「どうみられるか」を主眼に置いて
動く人がいますが
「相手あっての自分」がエスカレートして
自分の色が消えてしまします。
他人の目を気にして生きるってことは
自分自身を殺して生きることだから
偏屈な毎日を過ごすことになり
ストレスに包み込まれてしまいます
相対的に生きるか
主体的に生きるか
という選択肢

基本的に
自分らしく生きるには
人に視線を気にすることは
マイナスになります。
本音で言うと
「他人は他人」です
どちらにしても
悔いのない人生を送るには
自分自身で作りましょう。

2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    「見る」の本質活用(?)面白いですねー。すごくうがっていて、ちょっと「やられた」の感ありです。
    こういう定義づけ、大好きです。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >販促コンサルタントさん
    コメントありがとうございます。
    統計学の定義は誘導して結果を集計している意味の皮肉もまじっていて、唸ってしまいました。

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