東京12チャンネル(テレビ東京)運動部の弱者の戦略

mahalostevek/ 11月 3, 2012/ 日常・雑感/ 0 comments


こんにちは!! 

ロミロミの父こと
マハロ片山です。


一昨日、超ブレイク塾主催者西澤一浩さんから
「これ国プロ中継の担当者さんですかね??
明日トークショーあるみたいなんですが
(白石剛達、元東京12チャンネル運動部長)」
Facebookのメッセージがありました。


打ち合わせ中だったのですが
すかさず
「紛れも無く、東京12チャンネルの辣腕運動部長です」
と返信。


西澤さんも申し込まれて
私も申し込みました。


すぐにプロレス桃源郷の伝道師・小泉悦次さんにもメッセージ
小泉さんも申し込まれて
昨日、新宿にトークショーを観に行きました。


司会はゴング格闘技や格闘技通信やnumberに書かれている
スポーツライターの布施鋼治氏
氏の著書「東京12チャンネル運動部の情熱」を出版されました。


83歳になっても眼光鋭く矍鑠とされている
元東京12チャンネル&テレビ東京運動部長白石剛達氏。


運動部でプロ野球やローラーゲームの担当だった若松氏と
三菱ダイヤモンド・サッカー担当の寺尾氏も参加しました。


1964年開局の東京12チャンネルが
少ない人数と予算のなか
プロ野球は巨人戦を放映できなければ
産経(現ヤクルト)大洋(現DeNA)東京(現ロッテ)を放映
中継は3台のカメラを使い技術をアイデアを駆使して放映。


そして1970年の日本シリーズロッテVS巨人戦を独占放送した経緯。


日本で全くのマイナースポーツだったサッカーを普及させる為に
日本リーグはもちろん
三菱ダイヤモンド・サッカーとして英サッカー
そして後に1970年メキシコワールドカップの放映権を取得し
一年間に渡り全試合を放送。


その後も世界のサッカーをを放映。
1970ワールドカップ

また、ローラーゲームを日本に紹介
東京ボンバーズを結成させ大人気となり
日本武道館にて連続興行を放送

ボクシングは
1971年ニューヨークマジソンスクエアガーデンでの
モハメド・アリVSジョー・フレージャーの世紀の対決を
衛生中継。


そして、いまでも語り続けられる名勝負
ルーベンオリバレスVS金沢和良を放映

など知恵と足を使って、様々なスポーツを放映していった
東京12チャンネル運動部のエピソードを
知りました。


小泉悦次さんは
Twitterのつぶやきで語ります。

昨日の白石剛達氏のトークショーは凄かった。「東京12チャンネル」という弱小局の運動部長として、いかにして生き残っていったかの貴重な人生証言。「運動部員はスポーツジャーナリストでなければならない」ゆえの「現場主義」。「弱者の戦略」の事例をいただいた。
白石さんの凄いところは、弱小局でありながらそういうイメージを周囲に与えないで、どこにでもどんどん出て行くことでしょう。弱小局だからこれしかできないというのではなく、弱小局にしかできないものをやるという発想があった。「東京12チャンネル運動部の情熱」(布施鋼治)

まさに「弱者の戦略」。


凄いトークショーでした。
西澤さん、誘って頂きありがとうございました。


最後に東京12チャンネル運動部に敬意を表し
東京12チャンネル・テレビ東京のスポーツテーマ
「Purple Pageant March」をどうぞ



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