【HAPPINESS ハワイの愛唱歌になったここに幸あり】

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土曜の夜BSで、岡晴夫・近江俊郎・田端義夫の特集がやっていました。
岡晴夫といえば「憧れのハワイ航路」なので、
歌声聞けるかなと観ていました。
ちなみに私は。両親譲りの灰田勝彦ファン
(懐メロの歌は聞けば聞くほど凄いです)
灰田の数々あれど「わが夢わが唄」と「煌めく星座」「東京の屋根の下」の3つは大のお気に入り(他の曲ももちろん好き)

さてここからが本題。
ゲストが大津美子でして、
大津が1956年に「ここに幸あり」を大ヒットさせ、
1958年に田端義夫とハワイ公演に行ったとき
「あの頃移民で行っていた女性たちが
「ここに幸あり」を歌ったら涙を流すんです。
「あたし達はサトウキビ畑の農民で移民して、
この生活からまだ抜けられない。
この曲を歌って明るく行きていきます」って
手を握りしめたんですよ」
とエピソードを語っていました。

かなり加筆もある話ですが、移民生活から戦争があり、
ハワイが米国50州になった当時ですから
涙を流したのは事実だと思います。

そして「ここに幸あり」はハワイで歌い継がれて
1962年日系人のテディタナカが
「HAPPINESS (後にHere’s My Happiness)」という題名で
レコード化し、大ヒットします。
この時テディが男のため歌詞が
「女の道よなぜ険し」が「男の道よなぜ険し」になったります。

以後、ハワイの心の歌になり
ウクレレソロやハワイアンの歌手が歌います。
Youtubeで「Koko Ni Sachi Ari」で検索すると
たくさんのハワイアンの演奏や歌声が出てきます。

ふと思い出したのが
カラカウア通りで元カアウ・クレイター・ボーイズ・PALOLOの
ウクレレの名人・トロイ・フェルナンデスが
弾き語り販売をしていた時
「ユー日本人ネ、OK!ココニサチアリ」と
ここに幸ありを歌ってくれました。

回りのギャラリーは若い人が多かったのでピンと来なかったようですが
私はジーンと来ました。

「涙そうそう」がケアリイ・レイシェルがカバーしてヒットする前に
「ここに幸あり」が日本の歌がハワイの歌になっていて、
いまも歌い継がれています。

これはテディタナカの歌う「HAPPINESS」の歌詞
ちゃんと日本語で歌います。

Arashi mo fukeba- ame mo -furu
O-nna no michi yo – naze ke-washi
Kimi yo- tayori ni – watashi wa ikiru
Koko ni sa-chi ari -aoi sora.

English:

Stormy winds of life may blow,
and even rain may fall.
Though the clouds are dark above
life will be bright for me.
I live for you alone,
I live because we have loved.
For Darling, Here lies happiness
As gorgeus as the blue blue skies.

I live because of you only
I live because we have loved
Koko ni sachi ari,
Beyond the blue, blue skies.
Koko ni sachi ari,
Beyond the blue, blue skies.


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